あれれれ・・・
何時の間にか・・・8月になってしまいました。
梅雨もあけてしまいました。
ファ~ァァァッ(欠伸)
さて 夏眠から醒めて・・・久々に更新します。
そうそう 7月のできごと・・・ですが ご報告しておきます。
■U-house着工しました エンド 盆明けの大安吉日上棟で構造見学会企画してます。
■ぷろじぇくと1500・・・ですが 1棟目スタートしました K-house(仮名)です。
夢多居(むたい)のこと (写真参照)
建築家瀬野和広氏の手掛けた小住宅「夢多居」が7月8日完成ドリームハウスで紹介されました。
なっ なんと!! 2時間スペシャルでした。5月のオープンハウスには伺えなかったのですが
三方を建物で囲まれた僅か15坪の敷地に(建築面積7坪)、光と広がりと遊び心の溢れる仕掛け、
ナチュラルな素材感が活かされた。まさに“夢多き SENO WORLD”
・・・満喫しましたネ(刻みだけで2ケ月・・・嗚呼!! 箱樋・・・嗚呼!!)
SEQUENZのこと
上州にも洒落たオーナーさんがいらっしゃる というぉハナシ。
シーラカンスアソシエイツにデザインを依頼した戸建平屋の借家が完成したそうで・・・
シーラカンスですか フムフム やってくれるモンですね。
みかんぐみ なんてのも・・・フムフム・・・
ボクの自宅の隣家のIさん(不動産業)が その物件の管理業務を受けていて
Iさんの会社TTAのサイトから オーナーさんの施工日記にも リンクされています。
オープンハウス当日(22日) ボクは某Jクリニックに監禁されていて またまた 見逃してしまったのです。残念!!
プロトハウスの福岡あたりでは(建築家による)デザイナーズアパートの企画が多いのですが・・・
8月はボクの季節ですから・・・ツキを呼び込みます
ばうはうす : 2007年8月某日
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和の空気感
「ほぼ」枠組、「時々」軸組・・・ばぅの家の構法のことです。
一般的には「工法」ということが多いのですが、なにげに「構法」の方がシックリくるような・・・そんな気もする晩春(初夏?)の夜更けです。
先日、ある建築家とビルダーとのミーティングの席で「美しい木組みの意匠を現代の住空間の中に見事に表現している」建築家の瀬野和広氏から思いがけない発言がありました。
それは・・・「ツーバイフォーって、実は、日本の気候風土に案外マッチしているのだと思う」とのご意見。「木は木で組む」ものと、伝統構法を継承する優れた建築家であると認識していましたから、チョッと!!ビックラゲーションな発言。従来、言われてきた問題点にも「論理的錯覚(?)があるのでは」と指摘されて・・・。建築家自身、古い2×4住宅のリノベーションも手がけたと聞いていましたから、経年後の構造内部の実態を踏まえての発言だと思います。
いわゆる自然住宅(?)の工務店さんからボ○ク○に言われることの多い2×4ですが、さすがに一流の建築家は・・・モノゴトを憶測や偏見で見ないのだと「恐れ入谷の鬼子母神」です。
余談ですが・・・某工務店に「2×4は3年で腐る」といわれたクライアントさんを、築20数年になる拙宅(ツーバイです)に案内して、ご納得いただいた(なんてことも)ありました。
さて「ほぼ」と「時々」の使い分けなのですが・・・これが、ケッコウ説明するのが難しい。感性で・・・などという便利な言葉がありますが、なんとなく「和の空気感」が欲しい場合に「時々」を選んだりしています。風と土の曖昧な記憶とでも言うのでしょうか・・・「時々」には、構法とか、意匠とかでは説明できない「さむしんぐ」があるのかも知れません。
「軸組」といっても、基準法的には「壁量規定」があって(水平外力を柱と梁で受ける)ラーメン構造ではありません。構造的考え方は、「ほぼ」に近づきつつあるのです。耐震性の面から床をネダレスにして剛性を確保し、壁も筋交いから(壁倍率の高い)構造用面材を用いる例も一般的になりつつあります。木組みを意匠的に表したり、真壁にでもしなければ・・・ボクらにも(外部からは)構法の見分けが難しい。
軸組は本来、木の持っている(撓みとか粘りとかの)特性を活かした構法なのですが、度重なる地震災害の教訓から「柔よく剛を制さず」というのが現在の基準法のスタンスです。ちなみに・・・伝統構法の優れた一例として法隆寺が引き合いに出されるケースが多いのですが、(ある建築家の試算によれば)現在の工事費換算では坪/2億円かかるとのこと・・・嗚呼!!
素材的にもクロスしているのが現状です。軸組みの素材の50%以上にオウシュウトウヒ(ホワイトウッド)が使われていますし、逆に・・・一部(北海道)では国産材によるツーバイ用ランバーの生産も試みられているようです。
まぁ・・・それぞれに(±)がありますし、それぞれに(デザインする側の)楽しみもあります。
「ほぼ」の合理性、空間表現の自由度、構造的な強度・・・にも捨てがたいものがあります。
このブログでは、環境とか森林保護とかの問題を踏まえずに書かせていただきました。
ばうはうす : 2007年4月某日
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やりたいけど、できないこと
宇都宮にある工務店の5代目社長Y君のブログに、「やりたいけど、できないこと」っていうのがある。Y君とは、もうひとりのY君(オスト社)の評価(優)のarchitect builder。北関東ネットワークつながりで、ボクらとも信頼(大)の仲間である・・・友達の友達は・・・類友なのかも知れない。さて、ボクらの仕事って(ケンチクといっても)個人の家をつくらせていただくという(ごく狭い範囲での)仕事が主だから「やりいたいけど、できないこと」あるいは「やってはいけないこと」・・・その「一線」で逡巡することってケッコウ多い。
一応、まがりなりにも「architect」のはしくれだと思っているから・・・尚更。
慎重になりすぎるのも良くないのだが、長くやってると「ヤバイな」って思うデザインは避けて通るようになってしまう・・・ウーン??難しいトコロだ・・・。

そのひとつに「トップライト」がある。メッチャやたらにあればいいってモノではないが・・・
「ここには欲しい・・・」ってプランに、必ず遭遇する。事務所なんぞは、屋根の棟の部分がガラスルーフになっているから・・・ロフトに寝転んでカラス君とガラス越しに交信したり、流れる雲を無心に眺めたり・・・で、癒し効果も(多)なのである。反面、凄まじい暴風雨の時には「室内で傘を」なんてこともあったし、温暖化傾向の中で迎える夏場は灼熱の地獄編!!
厄介なことに「天窓」ってやつは、どんなに気を使って施工しても(ごく低い確率だが経年劣化で)不具合が出てくる。それも10年過ぎたあたりから・・・。HMさんのように「保障期間過ぎてますから」とか、建築家のように「施工責任ないから・・・」って言えないのが地域ビルダーの辛いところ。・・・内装の手直しまで(無償で)責任を負うことになる。
このところ「建築家とつくる家」っていうのが評判のようで、我が国の住宅事情も(デザイン性の面で)著しくスキルアップしている。家づくりの「ヌーヴェルバーグ」みたいな・・・ポストモダンのそのまたポストみたいな・・・斬新で前衛的なデザインが目を引く。そこには、住宅の既成概念を超える大きな可能性(?)も秘めているように思える。
ただ「トップライト」ひとつとってみても、アトリエ系事務所の仕事を見ていると、フラットルーフに近い緩勾配の屋根にも平気でつけちゃったりして・・・(あれ?仕様書にも3寸5分以上って但し書きなかったかなって)ちょっと、心配。まさか、施工責任がないから「あとは運任せ、工務店任せ」なんて・・・そんなコトはないと思うのだけれど。
家って・・・人が住まうためのケンチクだから「安心・安全」が基本にあって、構造耐久性やメンテナンス性を無視してデザインすることはできない。素材にも配慮したいし、温熱環境だって大切。雑誌に掲載する「被写体」としてイイかどうかよりも、住んで「ナンボ」、暮らして「ナンボ」のものなのだから。それに、住まう人に配慮されたデザインって・・・やはり、美しい。
住まう人への(様々な)配慮が見られない設計は、例えデザイン的に優れていても、(?)なのです。現在のように、建築家が(かくも多く・猫も杓子も)住宅に関心を持ち、関わる時代になって・・・確かに、デザイン性は大きく向上したと思います。住宅建築の(様々な意味での)可能性も広がっていることも事実です。ただ・・・長いスパンでの「地域からの信頼」の大切さと、この仕事の「責任の重さ」を忘れてはいけないと思います。「やりたいけど、できないこと」って、確かにあるのです。Y君の工務店は、創業100年を超えるそうです。
ばうはうす : 2007年4月某日
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ちいさなおうち・・・でも

*こちらは八千代の“Petit Box”
むかしむかし、静かな田舎に「ちいさいおうち」がありました。四季の流れとともに家のまわりの景色も、変わります・・・バージニア・リー・バートンの絵本から・・・
YOSHIDA君が家をつくって・・・「ハイジの家」が原点らしいのですが、まだWEB上でしか訪問していません。でも彼のブログを読んでいて、ふと一冊のステキな絵本を思い出しました。
ボク自身は田舎暮らしに憧れている訳ではなく、彼の新居も「ちいさいおうち」という訳でもありません。でも、ちょっと立ち止まって考えてみる「ひとつのきっかけ」になりました。
忙しさにかまけていると・・・なにか大切なことを忘れてきたように思うことがあります。
ゆたかさに、便利さに慣れてしまうと・・・それによって失うものがあるってことにも気づかなくなります。仕事も・・・日常化してしまうと、つい、原点を見失いがちになります。
家って・・・所詮、くうねるところ(+)ほんの少しの「さむしんぐ」・・・だと思うのです。
昨年、文字通り「ちいさなおうち」を何棟か手がけさせていただいて・・・ほんの少しの「さむしんぐ」をどう考えるかで、家のつくり様って変わってくるのだと(あらためて)気づきました。
nLDK的な考え方(小難しく言えば空間構成概念)から開放されれば、家って・・・もっと楽しく、もっと自由にイメージできると思うのです。小さくても、大きく暮らせばいいのです。
振り返ってみると(今までに)それこそ様々な「ちいさなおうち」をつくらせていただきました。
四季の里の「TOY BOX」、20坪弱の狭小地に建てた「T-house」、「我が家は小さなコンサートホール」・・・etc。それぞれが「ちいさくても、開放的で、楽しさイッパイのおうち」達です。それは、むしろ「ちいさい」からこそ・・・できたことかも知れません。
MISATO町で建設中のO-house。この家も28坪の「ちいさなおうち」です。でも、とてもステキな家になる予感が確実にあるのです。ボクらにも、Oさんご夫婦にも・・・。
(大げさですが)今、ひとつのプロジェクトを考えています。キーワードは「1500」です。
それはつまり、1500万前後の予算で創る“ばうはうすの家”のことなのです。
勿論、ローコストのパワービルダーなら3LDKでも4LDKでも可能な予算かも知れません。
でも・・・ボクらが考えているのは、素材にも、デザイン性にも、環境にも配慮してつくられるホンモノの木の家なのです。それは「○ニ○ロ」的発想から生まれる家ではなく、やはり町の「仕立て屋」さん的仕事だと、そうも思うのです。基本的な部分でのプロト化(プレタポルテ化)はありますが・・・ローコストではなく「省コスト」を徹底してホンモノの家を創りたいのです。
ばうはうす : 2007年3月某日
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3月某日 あんぼりの家
あと、2週間足らずです・・・オープンハウスまで。
日替わりメニューで職人さんが入ります・・・仕上げの工程だから。
(写真はマスキング中の塗装屋さん)
はな・おかし・てんねんこうぼパン・むのうやくやさい(エ~ンド)miniキネマ
この家の“こんせぷと”です・・・ってゆぅか、おふたりの描いているライフスタイルです。
打ち合わせで・・・イロイロ伺いました。具体的な要望以上にボクらには大切な情報です。
好きな音楽のこととか、好きな食べ物とか、お気に入りの場所とか・・・イロイロ。
ダイニングテーブルに一体化させたパーティシンクのアイデアも、そこから生まれています。
小さなことが・・・生活の中で大きな意味を持ってくるってことって、ケッコウあるものです。
それから・・・夢を描くのには“無地のキャンバス”が必要ですね。そこに自分たちなりの色を、自分たちの感性で塗り重ねていく・・・やっぱり「シンプル」がイイ・・・ってことでしょうか。
「感動新た!!」です・・・この時期の、ボクの心境です。
プランニングの時点で、図面の段階で、イメージ的に完成予想図は出来上がっているのですが・・・それでも現実に「カタチ」として現れてくるとヤッパリ「感動!!」ですね。
ケンチク(屋)冥利に尽きる・・・って感じです。
一軒の家が完成する・・・嬉しいのですが、ちょっぴり寂しくもあるような・・・複雑な思いでゲンバに行ってます。若い頃には、最後の掃除だけは自分でしていましたね・・・養生を剥がしていく、そしてイメージ通りの空間が姿を現してくる。その過程と感動を味わいたくて・・・。掃除が終わると・・・画家が最後の一筆を置く時ってこんな気持ちでしょうか・・・充実感のような、脱力感のような・・・ナントモ(???)な心境なのです。
ばうはうす : 2007年3月某日
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2月某日 おのぼりさん/再び

さて・・・ハルウララ(?)の日曜日。今日は、去年の秋以来の「おのぼりさん」でぇ~す。
高崎から電車を四つも乗り換えて、井の頭線の高井戸まで。電車の中、駅の構内、町の通り・・・全面ニコチン禁止区域を(禁断症状に苛まれながら)2時間の旅。もう・・・疲れました。
さてさて、高井戸駅から環八沿いに(三畳一間の小さな下宿があった)神田川を渡って、歩いて5分。本日の目的地、アークノアのオープンハウス会場に無事到着です。スゥ~ッ&フゥ~ッ・・・エッ? 勿論、先ずはイップクなのです。・・・生き返りました。
ここで建築雑誌風に・・・閑静な住宅地にあるこの家は、5層のプラットフォームによって構成されている。個室として仕切られているのは同居される祖母の部屋だけ、ご夫婦と小学生の娘さんのスペースは(2次元的にも、3次元的にも)オープンに、そして大胆に配置されている。
ロッククライマーでもある施主のために5層を貫いたクライミングウォールが設けられ、その最上部から(スベリ棒で)一気に階下に下りられる。LDKの中空(吹き抜け)には、グレーチングのキャットウォークが架かり、そこから高窓を越えて手摺のない屋根を回遊できるようになっている。建築家曰く「危険がいっぱいの家」ということだが、検査をクリアできるのだろうか・・・。エレベーションはX軸・Y軸の両方向に2Fをオーバーハングさせた斬新なデザイン。外装はガルバリウム鋼板。ファサード部分のみに、デラクリート下地の左官仕上げを施している。・・・と、まぁこんな感じだろうか。さすがに建築家の仕事らしく、巾木の収まり、壁と天井の取り合い、建具の引き手等、細部にわたってデザイン的配慮がなされており、参考になる。
帰り、隣駅の浜田山で途中下車。(知る人ぞ知る)そばや安藤に寄る。鴨煮&玉子焼き&いたわさで東北泉の樽酒を2合。自慢の蕎麦をたぐって・・・(少し、酩酊気分で)帰路に着く。
ボク的には・・・東京はアウエイでもあるし、ホームのそばきり(問屋町)の方が好みかも。
さて、来月からアークノアとのコラボ「一町一家」企画が始まる。
ばうはうす : 2007年2月某日
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「どんなかたちだったのか? 記憶に残らないほどいいデザイン」

ニッポンの(旬な)デザイナー100人を紹介している小冊子、
「AERA DESIGN」。
そこで見つけた(TOTO)の衛生陶器のコピーなんだけど、なんとなく・・・引っかかって。
それこそ、なんについてのコピーだったか?記憶に残らないほどいいコピー・・・(なんちゃって)。
存在感を意識的に(徹底的に)なくしていくことを意図しての、デザインだそうだ。
建築家が(住宅デザインで)プレーンな空間を表現したいとき、やはり、なくしていく(消していく)
デザインにこだわる。枠を消す。巾木を消す。窓を消す(サッシを外引きに収める)。
チリをギリギリに抑える・・・なんてことを・・・、先ず優先する。
ビルダーレベルでは、全体の予算枠の中での(費用対効果)を意識してしまって、そこまでこだわりきれないのだが・・・確かにそのような家は、写真に撮ると美しい空間になっている。
写真に撮ると・・・と、そう書いてしまったのは・・・網戸もなしに窓を全開口できる日って、年に何日あるのだろう?・・・って、そんなことを考えてしまったからだ。
そんなボクは、やはり「へそ曲がり」で、「無粋」で、「野暮」な工務店のオヤジなのでしょう。
宮脇さんが、(やはり存在感をなくす意図で)照明器具のデザインまで手がけていたと、モノの本で読んだことがある。必要な明るさを確保して、灯りそのものを楽しむための照明だから、ボクも器具はシンプルなものを選んでいる。それに・・・シンプルなものほど、安い。
家って、住まう人が主役なのだから、ボクもできるだけオーバーデザインにならないよう心がけている。
でも、少しは(程度が難しいのだけれど)木を見せたい。木に触れていたいって・・・そう、思う。
この本では、一般的には認知度の低い「プロダクトデザイナー」についても書かれていて、興味深い。
考えてみれば、柳宗理のカラトリーだとか、それこそ(ブログにも書いた)耕民の包丁だとかを別にすれば、手にしたモノから、デザイナーの顔が連想されることって稀有だろう。
でもゲンジツには、(生活の中で意識することはないのだが)私たちが使っているもの・・・
それらのすべてが「誰か」によってデザインされている。たとえば、このパソコン。そして、マウス。それに座っている椅子。大げさに言えば、この100Yenショップで買った老眼鏡だって・・・。
プロダクトデザインは、「生活の中のアート」だって書いてあるけど、たしかにモノって用が足せればそれでいいってもんでもない。デザイン性って、大切なんですよネ。見た目だけでなくて、触った感触、手にした重さ、使い心地・・・いいデザインって、バランスも優れているのです。
日常の中で、さりげなく「アートしてる」ってモノに出合うと、それが何であれ、なんだかウレシクなる。
生活を楽しくしてくれる。その中から「一生モン」なんてタカラモノが生まれたりする。
ばうはうす : 2006年9月某日
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借景

公園の中に、家がある・・・とは、サイトにある紅雲さんの「隠れコラム」の中の一節。
四季の里のTOYBOX(Y-house)について、書いていただいたショートストーリー。
ところで、写真は渋川に建設中のN・H―house。
紅雲さん流に言えば、家の中に山がある(?)お住まい・・・、と言うことになる。
晴れた日には、ドアを開けると、突き当りの大きな開口部から広大な赤城の西面が目に飛び込んでくる。それぞれの季節に、それぞれの表情を見せて・・・
帰ってくる家族を・・・、訪れる人を・・・、迎えてくれる。楽しませてくれる。
「ピクチャーウインドだから、デザインを優先すればFIX・・・だったかな。でも、風を招く東の窓だから引き違いのハキダシにさせていただきました。それが、少し残念・・・かな。そのかわり、窓を開けると小さなデッキがあって、休日にはお気に入りの椅子でも置いて、美味しい珈琲でも淹れて、目の前に広がるパノラマを楽しんでください」
風景との対話から始まる・・・ボクらの仕事。
ばうはうす : 2006年9月某日
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一町一家のプランニング
「一町一家」に参画する建築家の提案(プラン)の出版化に伴って、アークノアの荒井氏来社。
スタッフと打ち合わせに入る。多忙(?)のボクは、圏外。電源を切っているわけではないので・・・、チョット気になる。3間飛ばせるSEの構法的特性を、建築家がどう料理していくかも・・・。
住宅のプロトタイプの企画化・・・、HMのように大量生産を意図したものでなく、真にユーザーインサイトに答えるカタチでの方法論としてなら、案外、面白いかも知れない。地域を特定して、その地域の風土なりを知り尽くした、建築家とビルダーとのコラボであるなら尚・・・。
ばうはうす : 2006年9月某日
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